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福岡高等裁判所 昭和58年(う)753号 判決 1985年1月31日

主文

原判決中、被告人山﨑繁光に関する部分を破棄する。

被告人を懲役一年及び罰金一億五〇〇〇万円に処する。

被告人において右罰金を完納することができないときは金二五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人世利新治提出の控訴趣意書及び弁護人三宅秀明、同原島康廣連名提出の控訴趣意補充書中第二点(量刑不当)並びに弁護人三宅秀明、同原島康廣、同世利新治連名提出の控訴趣意書補充書(追加分)に、これに対する答弁は検察官吉川壽純提出の答弁書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

所論は量刑不当の主張であるが、所論に対する判断に先だち、まず職権をもつて判断するに、原判決は、判示第一、第二の各一、二の各法人税法違反罪及び判示第三の一、二の各所得税法違反罪についてそれぞれ懲役刑及び罰金刑を選択し、刑法四五条前段の併合罪である右各罪の罰金について同法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算し、その金額の範囲内で被告人を罰金二億五〇〇〇万円に処し、同法一八条によりその換刑処分として金二五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する旨言渡し、その労役場留置期間が一〇〇〇日となるように定めたことが明らかである。ところで、刑法一八条三項によれば、罰金を併科した場合においては、三年以下の期間労役場に留置することができる旨明定されているが、右条項にいわゆる罰金の併科というのは、同法四八条二項の適用により一個の罰金刑を科する場合のことではなく、併合罪でありながら同条項の適用がないため数個の罰金刑を科する場合(例えばたばこ専売法七八条)及び確定裁判の介在により併合罪関係がないため各罪別に数個の罰金刑を科する場合を指称するものである(福岡高裁昭和三三年三月二五日判決(高刑特五・九九)、東京高裁昭和五五年一二月二四日判決(判タ四三七・一六五))から、本件は同法一八条三項の「罰金ヲ併科シタル場合」に該当しないことが明白である。そうだとすると、本件において被告人を労役場に留置できる期間は刑法一八条一項により二年以下であり、換刑処分の換算率もそのように定めなければならないのに、原判決が前記のような換刑処分を言い渡したのは法令の適用を誤つたものであり、この誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかである。よつて、所論に対する判断をなすまでもなく、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により自判する。

原判決の掲げる証拠によれば原判示各事実を認めることができるので、同判決の掲げる法令を適用(刑種の選択、併合罪の処理を含む)し、その刑期及び金額の範囲内で、被告人を懲役一年及び罰金一億五〇〇〇万円に処し、被告人において右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金二五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。

(量刑の理由)

本件は、被告人が実質的な経営者として統括していた原審相被告会社二社における法人税捕脱と、被告人の個人事業の所得税捕脱の事案であるが、法人税捕脱については、昭和五四年、五五年度における右二社の実際の所得が合計約四億五〇〇〇万円であつたのに、税務署に申告された所得額はわずかに約四二八万円、法人税額は約一一四万円と、極端な過少申告にとどまつたばかりでなく、敢えて欠損金を生じた旨の虚偽申告までして税務署から右法人税額相当額の還付を受けているものであつて、その捕脱金額は約一億七五〇〇万円に達するものであり、また、被告人の個人事業の所得税捕脱については、昭和五四年、五五年度の所得額合計が実際は約一〇億八〇〇〇万円にも達し、これに対する所得税は約七億八〇〇〇万円であつたところ、被告人は他人名義で所得を分散かつ過少に申告をして、自身としては右所得全額について納税申告をせず、右所得税全額を免れたというものであり、その脱税した法人税額、所得税額を合算すれば実に約九億五五〇〇万円にものぼる事案である。しかして、本件の事業所得は、法人、個人のいずれも研修業による収入であつて、それは研修受講料、登録料、年会費、教材売上げ代などからなるものであるが、本件脱税の手段、態様は、これら収入の一部を除外し、或いは研修指導料、旅費交通費、従業員福利厚生費、通信費、教材購入費などの名目により架空経費を計上するなどして所得を隠し、これを銀行の裏口座に預金したり、割引債券、定期預金などに替えて備蓄していたものであり、その規模は、被告人を頂点とする企業ぐるみの継続的な犯行であつたものである。

そこで被告人の本件犯行の動機を見るに、その主たるものは、被告人の経営する研修業が不安定な業種であつたところから将来の経営不振に備えて資金の蓄積を図つたというものであつて、被告人限りの個人的利得を図つたものでなかつたところは評価できないでもないが、極めて利己的動機であつたことに変わりなく、格別同情できる動機ではない。

以上、本件犯行の罪質、態様、動機を検討すると、本件は、申告納税制度のもとにおける大胆かつ悪質な脱税事犯というほかはなく、このことに被告人の年令、性格、経歴、前科等、ことに被告人は昭和四〇年から四六年にかけて窃盗、詐欺などの罪により計三回も執行猶予付(そのうち二回は保護観察付)の懲役刑に処せられており、その最後の執行猶予の期間が経過したのは昭和五一年四月のことであつたことなどを考慮すると、本件は到底、刑の執行を猶予するのを相当とする事案とは言うことをえないが、一方、被告人の経営した本件事業それ自体は社会のニーズに応える内容のものであつたこと、被告人は本件発覚後は本件を反省改悛し、証拠隠滅工作などに出ることなく、かえつて税務調査及び捜査によく努力し、法人分、個人分いずれについても査察の結果に従つて修正申告をし、事業内に蓄積してあつた財産によつて本税についてはその全額をすでに納付し了り、重加算税等約六億円(但し起訴にならなかつた昭和五三年度分を含む)についても原判決後も納付に努めた結果、これまでに約一億三〇〇〇万円を納付していること、原審相被告会社二社に対する罰金刑はすでに確定しているが、その罰金合計四五〇〇万円は全額被告人により納付ずみであること、被告人は胃潰瘍、十二指腸潰瘍を病み、現在療養生活を送つていること、その他汲むべき事情もあるので、これら諸般の情状を総合考慮し、主文程度の刑にとどめることとしたものである。

よつて主文のとおり判決する。

(井野三郎 坂井宰 松尾家臣)

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